「婚外子相続差別違憲判決」1993年6月23日 東京高等裁判所

1 当裁判所は、民法九○○条四号ただし書き前段の
 規定は、憲法一四条一項の規定に違反し、無効
 であると解する。
 その理由は、次のとおりである。

(一) 憲法一四条一項所定の「社会的身分」とは、
出生によって決定される社会的な地位または身分と
いうと解されるところ嫡出子か嫡出子でないかは、
本人を懐胎した母が、本人の父を法律上の婚姻をして
いるかどうかによって決定される(民法七七二条)
事柄であるから、子の立場から見れば、まさに出生に
よって決定される社会的な地位または身分という
ことができる。
そうだとすると、民法九〇〇条四号ただし書き前段
の規定は、嫡出子と非嫡出子とを相続分において区別
して取り扱うものであることが明らかであるから、
憲法一四条一項にいう、「社会的身分による経済的
または社会的関係における差別的取り扱い」に当たる
というべきである。
そして、憲法一四条の下における平等の要請は、
事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくもので
ないかぎり、差別的な取り扱いをすることを禁止
する趣旨と解すべきである。

(二) ところで、社会的身分を理由とする差別的
取り扱いは、個人の意思や努力によってはいかんとも
しがたい性質のものであり、個人の尊厳と人格価値の
平等の原理を至上のものとした憲法の精神(憲法一三条、
二四条二項)にかんがみると、当該規定の合理性の有無
の審査に当たっては、立法の目的(右規定所定の差別的
な取り扱いの目的)が重要なものであること、および
その目的と規制手段との間に事実上の実質的関連性が
あることの二点が論証されなければならないと解される。
そこで、以下右の二点について検討を加える。

(三) 立法の目的の重要性について
民法九〇〇条四号ただし書き前段の立法目的は、
正当な婚姻を奨励尊重することにあり、言い換えれば、
適法な婚姻に基づく家族関係を保護することにあると
説かれているが、ここで念頭に置かれているのは、
いわゆる「妾の子」に対して「妻の子」の利益を保護
することにより、結果的に法律婚を尊重しようという
旧家族制度に由来する沿革的思想に他ならない。
もっとも、右規定の立案に際しては、憲法の原則で
ある個人の尊厳と平等の立場から問題が提起されたが、
他方では、非嫡出子に相続権を与えること自体に
対する反対論があり、政党の婚姻を重んずるという
建前から旧民法の規定による差別的取り扱いがいわ
ば妥協の産物としてそのまま存億される形となった。
そして、右のような賛否両論を踏まえて、民法の一部
を改正する法律(昭和二二年法律第二二二号)が成立
するに際にしては、その審議の経過にかんがみ、
衆議院において、「本法は、可及的速やかに、将来に
おいて更に改正する必要があることを認める。」
旨の付帯決議がなされた。

その後、昭和五四年七月十七日付けで法務省民事局
参事官室から公表された相続に関する民法改正要綱
試案の二において、非嫡出子の相続分の平等化が
図られたが、当時の世論調査の結果等にかんがみ、
次期尚早としてこの部分の改正は見送られた
経緯がある。なお、右試案と同時に公表された
説明中には、非嫡出子の相続分の平等化を図る根拠
として、次のとおり述べられている。
「試案は、非嫡出子は、嫡出でない子とについて
みずから何の責任もないのに、現行法のように、
その相続分を、親を同じくする嫡出子の二分の一と
して区別することは、法の下の平等の理念に照らし
問題があること、及び両者の相続分を同等としても、
配偶者の相続分には変わりがなく、法律婚主義と
直接抵触するものでもないこと等の理由により、
非嫡出子の相続分は嫡出子の相続分と同等とする
のが適当であるとする意見によったものである。」
当裁判所は、適法な婚姻に基づく家族関係を保護
するという立法の目的それ自体は、憲法二四条の
趣旨に照らし、現在においてもなお、尊重される
べきであり、これが重要なものであることを肯定する。
しかしながら、嫡出子と非嫡出子との相続分を同等
としても、これにより配偶者の相続分はなんらの
影響を受けるものではないし、かりに、配偶者の側
に実質的な不平等が生ずることがあるにしても、
寄与分の制度を活用することにより是正可能である
ことが留意されるべきである。
(なお、生みの親の心情からしても、遺産の分配
につき嫡出子と非嫡出子との間に分け隔てされる
ことを当然とする者はいないのではないかと考え
られるし、相続制度の対極にある父母に対する扶養
の観点からしても、嫡出子と非嫡出子も双方平等に
義務を負っていることが指摘され得る。)。
もとより、適法な婚姻に基づく家族関係の保護が
尊重されるべき理念であることはいうまでもないが、
他方で、非嫡出子の個人の尊厳も等しく保護され
なければならないのであって、後者の犠牲の下で
前者を保護するような立法は極力回避すべきであろう。
(因みに、本件記録によれば、抗告人は非嫡出子
であるという理由だけで、これまで縷縷他人から
白眼視されただけでなく、本件の係争法条である
民法九〇〇条四号ただし書き前段を盾に相続関係人
から極めて冷ややかな遇(あしら)いを受けたこと
が認められる。そして、抗告人と同様の立場にある
者の多くが、右と同じような仕打ちを受けている
ことは、半ば公知の事実でもあることからすれば、
まさに、同法条は、結果的にしろ、非嫡出子に対する
差別心を人々の心に生じさせ、かつ助長する役割を
果たしているとも言えるのであり、このような現実
は軽視されてよいとは決していえない。)。
そして、この点に関する近時の諸外国における立法
の動向を見ると、非嫡出子についての権利の平等化を
強く志向する傾向にあることがうかがわれ、さらに、
国際連合による「市民的及び政治的権利に関する国際
規約」二四条一項の規定の精神及び我が国において
いまだ批准していないものの、近々批准することが
予定されている「児童の権利に関する条約」二条
二項の精神等にかんがみれば、適法な婚姻に基づく
家族関係の保護という理念と非嫡出子の個人の尊厳
という理念は、その双方が両立する形で問題の解決
が図られなければならないと考える。

(四)目的と規制手段との間の実質的関連性について
民法九〇〇条四号ただし描き前段の規制が非嫡出子
の相続分を嫡出子のそれの二分の一とすることにより、
すなわち、妻の子の利益を妾の子のそれよりも重視
することにより、結果的に法律婚家族の利益が一定
限度で保護されていること自体は、否定しがたい。
その意味では、右の規制と立法目的との間には、
一応の相関関係があるといえる。
しかしながら、右の規制があるからといって、
婚外子の出現を抑止することはほとんど期待でき
ない上、非嫡出子から見れば、父母がて違法な婚姻
関係にあるかどうかはまったく偶然のことに過ぎず、
自己の意思や努力によってはいかんともしがたい
事由により不利益な取り扱いを受ける結果となる
ことが留意されるべきである。これは、例えていえば、
まさに「親の因果が子に報い」式の仕打ちであり、
人は自己の非行のみによって罰または不利益を受ける
という近代法の基本原則にも背反していることが見逃
されてはならない。
次に、民法九〇〇条四号ただし書き前段の規制は、
一律に非嫡出子の相続分を嫡出子のそれの二分の一
としているから、たとえば、母が法律婚により嫡出子
を儲けて離婚した後、再婚し、子を儲けた場合に、
再婚が事実上の婚姻に過ぎなかったときは、母の相続
に関しても、嫡出子と非嫡出子とが差別される結果と
なり、同号ただし書き前段が本来意図している法律婚
家族の保護(その実質がいわゆる妾の子よりも妻の子
を保護することにあることは前述のとおりである)を
超えてしまう結果を招来すること、このような場合
には、いいかえれば、規制の範囲が立法の目的に
対して広きに過ぎることが指摘されなければならない。
以上の通り、民法九〇〇条四号ただし書き前段は、
目的に対して広すぎるという意味で正確性に欠ける
だけではなく、婚外子出現を抑止することに関して
ほとんど無力であるという意味で、適法な婚姻に
基づく家族関係の保護という立法目的を達成する
うえで事実上の実質地的関連性を有するといえるか
どうかも甚だ疑わしいといわざるを得ないのである。

(五)そうだとすると、民法九〇〇条四号ただし
書き前段の差別的取扱いは、必ずしも合理的な
根拠に基づくものとはいい難いから、憲法一四条
一項の規定に違反するものと判断せざるを得ない。