婚外子の死後認知を認める判決

父の名前を戸籍に記載したい、と願う婚外子の男性の
死後認知を認める裁判の判決が出されました。
2018年2月21日の朝日新聞デジタルからです。

 

婚外子として生まれたさいたま市に住む
36歳の男性が、戸籍に亡き父の名前を残したい
という裁判をして、その訴えが認められました。
彼は、小中学校へ通わせてもらえずに
育ったということです。

 

自力で社会へ出てから、認知の問題が
コンプレックスだったといいます。
彼が起こした裁判は、死後認知ですが、これは
親の死亡から3年以内に、検察官を相手として
認知を求める訴えを起こすことができるものです。

 

血縁的な親子関係の有無や、DNA鑑定、証言
などをもとに総合的に判断されます。
最高裁によりますと、2016年に死後認知を含む、
認知や認知取り消しなどの訴えは263件ほど
起こされているそうです。

 

男性の裁判は、2018年1月15日、東京家裁
(堂英洋裁判官)で、死後認知を認める判決が確定。
父母の交際を直接裏付ける証拠はなかったものの
生い立ちを述べた本人尋問の供述に、整合性が
あることなどから信用できると認められました。

 

裁判の証拠になるDNA鑑定は、異母兄弟の協力が
得られずにできなかったそうです。
今回はDNA鑑定がなくても死後認知を認める判決
でしたからよかったものの、これが認めない判決
だった場合、異母兄弟のDNAしか証明方法がない時
などは、どうなるのだろうと私は疑問に思いましたが。

 

男性は生い立ちを供述した他、父の戸籍や、父から
の電話の着信記録などを提出しています。
判決の確定後、内容に目を通ししばらくの沈黙のあと
男性はぽつりと言いました「苦しかった」
「ここからは自分で人生を作っていく」
と言いました。

 

2月15日、父のな目を戸籍に記載するために市の
窓口を訪れ申請。
男性が持参した謄本の、空欄だった部分を指して
「ここに乗ります」と説明された時は、ほっとしたと
いうことです。
男性は今もPHSに、父からの着信記録の残しています。

 

赤ちゃんを放置して死亡させた母親逮捕

保護者責任者遺棄致死の疑いで逮捕

2020年1月2日、東京・足立区の住宅で、
年末に出産した赤ちゃんを放置して死亡
させたとして31歳の女性が、保護責任者
遺棄致死の疑いで逮捕されました。

 

先月、2019年12月28日に自宅の浴室で
逮捕された女性は女の子を出産しした後
放置したため元旦に死亡したようです。

 

女性は一人暮らしをしており、女の子を
出産した後、2階の寝室に置き去りに
したままで、アルバイトに出勤。
元旦に自ら119番に通報したということです。

 

生まれた赤ちゃんの父親については、以前の
交際相手ではないかと説明しているとのこと。
医療機関は受信していなかったといいます。

 

警察庁の市食べに対しては、
「病院に行くお金がなく、周囲に相談できる
人もいなかった」
と答えているということです。

 

 

 

ツイッターでは

「さよなら昨日の私 2020年1月3日

悲しく、つらいニュースだ。
これを実名で報道するNHKも有り得ない。

経済困窮の背景がある点、自ら通報してる点、
なども鑑みれば、実名報道して社会的制裁を
与える必要性など全く無かったはずだ。

一体この放送局は何のために存在してるのだ…」

 

 

「sasakiakiko2016年1月 2020年1月3日

さよなら昨日の私さん 知らなかった
年末もパチンコ店などバイト掛け持ち
粉ミルクや哺乳瓶を薬局で購入
ベビー服も購入して着させていた
自ら119番通報
これのどこが『放置』?
赤ちゃんが死んでしまった母親は、
悲しみのどん底と思う
NHKは、実名報道をなぜ? したか?
明日、NHKへ聞いてみる」

 

 

「青になれ 2020年1月3日

このニュースを聞いて胸が張り
裂けるように感じ涙が出ました。
あの恐ろしく辛く死ぬ思いをする
出産を1人で浴室でして、へその
緒切るのも後産も自分で始末し、
赤ちゃんの世話をしてから仕事に
行くなんて…。
そこまでした彼女を保護ではなく
逮捕なのか…。
同じ女として辛いです」

 

 

「ごんさん 2020年1月4日

親のエゴじゃないの?
最初から産まなきゃ良いでしょ」

 

 

「原口 一博 2020年1月4日

私はこのお母さん逮捕を知り民主党の
同僚代議士だった山本譲司さんの言葉
を思い出しました。
『刑に服している人の中には本当は監獄
ではなく福祉につなげなければならない
人が実にたくさんいるのです。』と。
山本譲司さんの『獄窓記』を多くの
皆さんに読んで欲しいと思います」

 

 

「ヒカル猫🐾 2020年1月4日

一人で出産し、へその緒切った?
産後間もない体で昼夜働く。
出産経験ある女性ならこれが、
どれだけ大変かわかるはず。
一番の被害者は子供、けれど
この女性も被害者。
近くに、保健所に行き助けて
もらいなさいとアドバイスする
人が一人でもいたら結果は
変わったかもしれません。
ご冥福をお祈りします」

 

 

 

フィンランドでは……

妊娠の届けをするとフィンランドでは
「フィニッシュベイビーボックス」と
呼ばれる新生児用の子育て道具一式、
ギフトボックスが地方政府より寄贈
されます。

 

 

中には、約40〜50種類の育児用品や衣類
が含まれていて、生後9か月までの育児に
必要なものーー体温計、爪切り、授乳補助
用品ーーが網羅されているそうです。

 

中身は時代に合わせて毎年、若干の変化は
あるそうですが、唯一変わらないのが
外箱であるダンボールです。

 

容れ物でもあるダンボール箱ですが、
フィニッシュベイビーボックスに入って
いるマットレスを箱の底に敷くとベッド
が完成!

 

 

「フィニッシュベイビーボックス」

 

 

1938年に始まった当初は、低所得者限定
でしたが、1949年に全ての人に変わります。

 

フィニッシュベイビーボックスは、単に
子育てに必要なものを提供するだけではなく、
妊婦さんを地域のドクターやナースの目の
届く範囲に置いて、地域全体で妊婦さんを
サポートしようという考え方に基づきます。

 

そのような結果、フィンランドの乳児死亡率
は世界で最低の割合となっています。

 

1930年代にフィニッシュベイビーボックスが
導入された時は、フィンランドは非常に貧しい
国で、乳児死亡率は65/1000という高水準でした
が、わずか数十年でこの数値は改善されたと
いうことです。

 

 

順天堂で「新生児取り替え」 口外しないように……

順天堂が認めた「新生児取り違え」
被害者の告白公表の裏で“恫喝”
週刊新潮 2018年4月19日号掲載

 

「週刊新潮」4月12日号が報じた、半世紀ほど前に
起きていた順天堂医院の新生児取り違え事件。

当初は取材に「対応しない」との態度だった
順天堂だったが、記事が掲載されると一転、
HPで事件を認めた。

本誌が報じたのは、都内在住の男性・小林義之さん
(51)=仮名=が被害者となった、順天堂大学医学
部附属順天堂医院の過誤である。

記事では順天堂関係者の証言に基づき、「一昨年
の初めごろに小林さんは順天堂医院に確認を求めた」

 

「病院側はそれを認めつつ、事件を口外しないよう
金銭で口封じした」「“平穏に暮らしている可能性が
高い”ことを理由に、本当の親に会いたいとの小林
さんの訴えを拒んだ」ことなどを掲載した。

この時、小林さん本人にも取材を試みたが、自身が
当事者であることは認めたものの、病院側との間に
“口外しない約束”があるため、詳しい証言は拒んだ。

そんな小林さんが、今回、重い口を開くにいたった
のは、本誌記事を受けて学校法人順天堂がHPに掲載
した〈お知らせ〉がきっかけだったという。

「誠意がないばかりか、偽りが多い。
こうなれば私が話すしかないでしょう」

と順天堂への不信感を漏らすのは、小林さん本人だ。

 

〈お知らせ〉が掲載された後、順天堂の代理人弁護士
から小林さんの元へ、〈通知書〉が送られてきたという。

そこに小林さんへの謝罪の言葉はなく、代わりにあった
のは〈(HPで公表はしたが)合意書に基づく貴殿の守秘
義務が解除されることにはなりませんので〉〈貴殿らに
守秘義務違反があった場合には、しかるべき対応を取る
所存ですので〉といった文言だった。

「これって恫喝じゃないですか? ホームページでは
〈心よりお詫び〉と言って世間体を取り繕って裏で
恫喝する。どういう病院でしょう」

そして、こう訴えるのだ。

「本当の親が知りたい。それだけなんです。
知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだ
なんてことは絶対にない。
近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを
見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えて
しまいます――」

実は、さかのぼること45年前には、わが子の取り
違えを疑った小林さんの母が、順天堂医院を訪れた
ことがあった。

ところが病院は取り合うことなく、“訴えればいい”
という態度だったというのだ。

4月12日発売の「週刊新潮」では、小林さんの告白を
掲載すると共に、順天堂の心無い対応などを報じる。
カメラの前で小林さんが心情を語ったインタビュー
動画は、現在「デイリー新潮」にて公開中である。

 

 

 

最初の子どものために、2番目の子を産んだ夫婦 アメリカ

数十年前の報道ですが……

ここ数日の家族に関する記事をみていて
私は、かなり前の報道を思い出しました。
もう25年位前のものです。

 

今はないのかもしれませんが、深夜に放送して
いた、「CBSドキュメント」のものでしたので
アメリカの家族の話だったと思います。

 

1組のアメリカ人夫婦に子どもが生まれました。
今すぐにどうなるという病状ではありませんでしたが
生まれた子どもは大変な病気を抱えていたのです。

 

 

 

上の子どものために次の子どもを産む

将来、それが発症してしまった場合、最善の策は
その子と遺伝的に最も近い人の移植(だったと思い
ますがこのあたりは、はっきりと覚えていません、
ごめんなさい)が望ましいとのこと。

 

彼らは、その万一のために次の子どもを出産しました。

 

「子どもを授かる」「子どもができた」「子どもをつくる」
等、様々な表現がありますが、まさに彼らは最初の子の
ために、2番目の子どもを産む決意をしたのです。

 

 

 

 

病発症

私はここまでの報道を聞いて、そういう経緯ではあっても
実際に2番目の子どもが生まれると、目的だったものは
いつの間にか消えはててしまい、

 


2番目の子どもは、最初の子に勝るとも劣らない
ほどの、かけがえのない存在になって
いったのだろうと確信していました。

 

ところが、そうではありませんでした。
何年後かは忘れてしまったのですが、1番目の子に
不幸なことに危惧していた病が発症します。

 

 

 

 


2番目の子を訴える両親

両親は2番目の子に、移植手術に応じるように
いいますが、その子は拒否しました。

 

そして驚くべきことに、両親はその2番目の子どもに
対して裁判を起こした、というのがその日の報道内容
だったのです。

 

その裁判の結果がどういうものだったのかはわからない
のですが、それ以上にここまでの経緯が特殊な例だった
こともありとりあげられたのだと思います。

 


詳細な部分に関しての記憶は薄れてしまっていますが
大筋はこんな風な内容だったと思います。

 

 

 

 

子を持つ目的(理由)

裁判を起こしたというからには、2番目の子もそんなに
幼いとも思えませんので、誕生してから少なくとも十数年、
もしかしたら二十年以上が経過していたのかもしれません。

 

この「CBSドキュメント」を見た私は、
いろいろな意味で驚かされました。

 

難しい話は抜きにして、単に素朴な感想としては
まず最初に思ったのは、そんな目的で子どもを
産もうとするのかなぁ?、ということです。

 

 

 

 

両親に訴えられる子

でも実際に生まれてきた子どもの顔を見て、そんなことは
吹っ飛んでしまい、その子の後にも3番目、4番目の子ども
が生まれ、はじめに生まれた子が発症した時に、そのうちの
一人がドナーになったという話なのかと思っていたと
いうのは、先ほど書いた通りです。

 

ところがこの両親は、私のように甘くはなく初心貫徹
(?)とでもいうのでしょうか、あくまでも最初の子
のためになりなさいと主張するわけです。

 

しかもそれを受け入れなかった子に対して、裁判という
かたちをとるというのも、私には考えられないことです、
たとえアメリカが訴訟社会であったとしても。

 

 

 

 

誰の幸せに結びつくのか?

裁判の判決がどのように出たかはわかりませんが、
どのような判決だったとしても、私には関わった人
全てが心に傷を負うような気がしてなりません。

 

1番目の子どもは、本当にそれを望んだのでしょうか?
もちろんそれが最善の策だとしても、相手(弟か妹)が
望まないのに無理にでも、とは思わなかったような気も
します。

 

また、2番目の子どもは、自分が生まれた目的(?)を
知った時に、複雑な思いがしたと思います。

 

 

 

 

2番目の子の戸惑いは?

両親が、兄か姉の病気対策のために自分を生むことを
決意したのみならず、実際に発病してドナーを拒否
すると、こともあろうに両親が訴えるなどとは……。

 

私自身は、1番目の子どもの体のことも、もちろん
心配ではありますが、むしろ2番目の子どもの
心の問題を考えずにはいられません。

 

その子がどのような性格なのかはわかりませんが
場合によっては、自分自身を否定するような思いに
とりつかれたり、両親にとっては1番目の子ども
の方が大切なのだ、と悲しく思ったりということも
あるでしょう。

 

 

 

 

その報道から数十年の月日が流れました。
2人のきょうだいが、幸せに仲良く暮らしている
ことを願わずにはいられません。

 

赤ちゃん取り違え(インド) 裁判所で子どもの交換をしようとすると……

「この子はうちの子じゃない」

事件は、インドの北東部アッサム州で起きました。
シャハブディン・アフメドさんは、2015年3月11日
午前6時に、妻のサルマ・バルビンさんをマンガル
ダイ市民病院に連れて行きました。
その1時間後、妻は男の子を出産。
通常の出産だったため、彼女は翌日退院しています。

 

1週間経った時に妻は、
「『この子はうちの子じゃない」というんです。
私が『何を言っているんだ。罪のない子どものこと
をそんな風にいうもんじゃない』と言ったけど、
妻は、分娩室にボド族の女性がいて、『2人の
赤ちゃんは取り違えられたと思う』と。
信じられませんでしたけど、妻はそう言ったのです」

 

つまり、サルマ・バルビンさんは、最初からジョナイト
ちゃんが実の子どもではないと疑っていたのです。

 

「赤ちゃんの顔を見た時、疑いを持ちました。
分版室にいたもう一人の女性の顔を思い出し、
この子がその女性に似ていたからです。
赤ちゃんの目からわかりました。
この子は小さな目をしていましたが、うちの家族
の誰もそんな目をしていません」
とバルビンさんは語ります。

 

 

 

 

病院に連絡を取ると「妻は病んでいて精神科の治療が必要」

夫のアフメドさんは、妻が感じている疑いに
ついて、病院長に伝えたところ、院長はアフメド
さんの妻は精神を病んでいて、精神科の治療が
必要だと言いました。

 

アフメドさんはその後、情報請求権を提出し、
同病院でその日、午前7時ごろに生まれた
全ての赤ちゃんの詳細な情報を求めました。

 

1か月後、7人の女性の情報を得ます。
記録を見て「部族の女性」を調べることにしました。
この女性は、妻とあまりにも多くの類似点がありました。
2人とも男の子を産み、赤ちゃんの体重はそれぞれ
3キロ、出生時間は5分しか違っていました。

 

 

 

 

訪ねたが会う勇気はなく手紙をしたためる

「夫婦の住む村に2回行きましたが、彼らの家を
訪ねる勇気がありませんでした」とアフメドさん。

 

「相手の夫婦に手紙を書きました。
子どもたちが取り違えられたと妻が思っていると
書き、向こうも同じようにそう思っているかどうか
を尋ねました。
手紙の末尾に自分の電話番号を記し、電話をして
ほしいとお願いしたのです」

 

アフメドさんの自宅から30キロしか離れていない
場所に、アニル・ボロさんとシュワリ・ボロさん
夫妻と息子のリヤン・チャンドラちゃんは住んで
いました。

 

 

 

 

気づいていなかった相手家族

ボロさん夫妻は、アフメドさんと異なり、その手紙
を受け取るまでは、息子が取り違えられたとは
疑っていませんでした。

 

夫のアニルさんも、妻や他の家族も、そんなはずは
ないと思っていたのです。
しかし、二組の家族が出会ったのち、状況が変わり
ました。

 

「最初に男の子を見た時、父親に似ていると気づき、
とても悲しくなって、泣きました。
自分たちはボド族で、他のアッサムの人たちの
ムスリムの人たちとは違います。
自分たちの目はつり上がっていて、頬や手は膨らん
でいます。
自分たちにはモンゴル人の特徴があります」
とシュワリ・ボロさんは言います。

 

サルマ・バルビンさんは、最初にリヤンちゃんを
見た時、自分の子どもだとわかり、すぐにその場で
子どもたちの交換を求めましたが、アニルさんの
母親がこの提案を拒否します。

 

 

 

 

病院は認めなかったが、血液検査は「親子関係なし」

アフメドさんの強い求めに応じて病院側は、疑惑の
調査を開始しますが、病院は出産日に分娩室で勤務
していた看護師に話を聞いた後、手違いはなかった
と疑惑を否定。

 

納得のできないアフメドさんは、DNA検査のために
妻と赤ちゃんの血液サンプルを送りました。

 

2015年8月に、検査結果が出ました。
サルマ・バルビンさんとジョナイトちゃんの間に、
遺伝的なつながりはありませんでした。

 

 

 

 

警察に被害届を提出

病院側が、検査結果は法的に受け入れられないと
いうことだったため、アフメドさんは2015年12月、
警察に被害届を提出します。

 

この件を捜査したへマンタ・バルア警部補はBBCに
対し、事件究明のため病院から出生記録を入手し、
二組の家族を尋ねたといいます。

 

2016年1月に、バルア氏は両家族の血液サンプルを
持ちコルカタに向かいますが、現地の法医学研究所は、
用紙に記入ミスがあるとして、検査を拒否しました。

 

 

 

 

裁判所で子どもの交換をしようとするも……

「昨年4月に2度目のサンプルを採取し、州都のグワー
ハーティーにある法医学研究所で監査を行いました。
11月の検査結果では、赤ちゃんが取り違えられたと
いうアフメドさんの疑いが証明されました」

 

バルア氏は、アフメドさんに対し、裁判所に出向いて
判事から男の子たちを交換する許可をもらうように勧
めました。

 

しかし今月4日、両家族が裁判所で交換を実行しようと
したところ、男の子たちが育ちの親の元を離れるのを
拒否したのです。

 

 

 

 

今までの家族への愛着

バルビンさんは、
「判事はもし交換するようならしてもよい、と言い
ましたが、私たちが交換しないと言いました。
これまで3年間育ててきて、手放せなくなったのです」
と言います。

 

「それに、ジョナイトが泣いたのです。
義理の兄弟の膝の上で、首のあたりをしっかりと
抱きしめて、離れようとしませんでした」

 

リヤンちゃんも、シュワーリさんを抱きしめて
泣き始め、離れようとしませんでした。

 

アニルさんは、今子どもたちを交換すれば、
心を傷つけてしまうと言います。
子どもたちは小さすぎて、何が起こっているか
わからないために。

 

子どもたちが今、過ごしている家族に深い愛着が
あり、家族もその愛情を返しているのは明らか
でした。

 

 

 

 

「ジョナイト(弟)を連れて行ったら私、死んじゃう」

実際、私が先週、ボロさん一家を訪ねた時、
リヤンちゃんの祖母がリヤンちゃんを隠しました。
連れて行かれてしまうと恐れたからです。

 

1時間後、叔父の一人が、リヤンちゃんを連れて
帰って来ました。
祖母は少し後に戻って来て、リヤンちゃんに
小さな銀色の魚をたくさんあげました。

 

リヤンちゃんが嬉しそうに祖母の隣に座ると、
祖母が不安そうに、
「何か問題がありますか?
どこかに連れて行かれてしまうのでしょうか?」
と聞いて来ました。

 

 

 

 

叔父も加わって言います。
「この子の顔を見てください。
本当にかわいいでしょう?
どうやったら諦められると言うのですか?」

 

リヤンちゃんは、シェワリさんのもとを片時も
離れようとしません。
ジョナイトちゃんも、アフメドさんたちを慕って
いました。

 

バルビンさんは言いました。
「裁判所で交換する日、8歳の娘が『ジョナイトを
連れて行かないで。連れて行ったら私、死んじゃう』
と言ったんです」

 

 

 

 

子どもが成長した時に選ぶこと

宗教の違いが、いつか問題になるか否かを聞くと、
「子どもは子どもです。
神からの贈り物です。
ヒンズーかムスリムではありません。
みんなが同じ源からやって来ます。
生まれてからヒンズーやムスリムになるのです」

 

アフメドさんは、子どもたちが再び交換されれば、
生活の仕方や言語、文化や食事などの面で、両家族
が全く異なるため、適応できないだろうと言います。

 

母親たちにとっては、鬱なる葛藤があるのが一目
瞭然でした。
育てた子ども対しては、間違いなく愛着があります。
しかし、自分の子宮にいた子どもに対しても、心が
引き裂かれるような思いでしょう。

 

 

 

 

両家族は、子どもたちが成長すれば、どちらで生活
がしたいか自分自身で選べば良いとしています。

 

しかし、今はまだ、両家族で予定を合わせて、
定期的に会って友人となり、なんとかして実の
子どもの人生に関わろうとしているところです。

 

夫婦の受精卵を、夫に無断で移植して出産した子に親子関係を認める判決

夫婦の受精卵を、夫に無断で移植して出産

凍結保存をしていた夫婦の受精卵を、妻が別居中の
夫に無断で移植して出産し、夫が子どもとは法律上
の親子関係がないと訴えた裁判の判決が、最高裁判所
で出ました。

 

最高裁の判決は、男性の上告を退ける決定で、親子
関係を認めた判決が確定。

 

奈良県内に住む40代の元夫だった男性は、別居して
いた妻が、クリニックに凍結保存されていた受精卵
を無断で移植して出産した2人目の子どもについて
「同意のない出産で、法律上の親子関係はない」
と、離婚した後に訴えていたものです。

 

 

 

 

別居中に、夫に無断で受精卵で出産

判決などによりますと、男性と元妻は2009(平成21)
年から不妊治療を始め、奈良市の婦人科クリニックで
体外受精で作った複数の受精卵を凍結保存しました。

 

2011(平成23)年に、受精卵の移植で長男が誕生し
ますが、2013(平成25)年に夫婦は別居。
元妻は、2014(平成26)年に、男性に無断で残って
いる受精卵を移植し、2015(平成27)年に長女を出産
し翌年、2016(平成28)年に夫婦は離婚しました。

 

民法には、婚姻中に妻が懐胎した子どもは法律上、
夫の子とするとした「嫡出推定」という規定があり
ますが、裁判では夫に無断で受精卵を移植したこと
について、この規定が及ばない事情と言えるか否か
が争われました。

 

 

 

1審「夫婦の実態があったとして父子関係を認める」

2017(平成29)年12月の1審、奈良家裁判決では、
体外受精などの生殖補助医療では、
「夫が妻との間に子どもを設けることに同意して
いることが必要」
との判断を示す一方、夫婦の実態があったとして
父子関係を認めました。

 

 

 

2審「嫡出推定の規定からも、男性の子と推定される」

2018(平成30)年2審の大阪高等裁判所の判決は、
「男性は別居中も長男の世話で妻の家を訪れる
などしており、明らかに夫婦の実態が失われて
いたとまでは言えない」と指摘。

 

妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する民法
の「嫡出推定」の規定から、長女は男性の子と
推定されるとしてうえで、そもそも訴えが却下
されるため、
「同意が必要かどうかは判断の必要がない」とし、
「同意がないことは子の身分の安定を保つ必要が
なくなる理由にならず、民法の規定が及ばない特段
の事情とはいえない」と指摘し、1審に続いて法律
上の親子関係を認めていました。

 

 

 

 

最高裁、受精卵の移植に夫の同意が必要かについては判断せず

これに対して元夫だった男性は上告していましたが、
最高裁判所第2小法廷の三浦守裁判長は、7日までに
上告を退ける決定を出し、親子関係を認める判決が
確定し、受精卵の移植に、夫の同意が必要かについ
ては判断しなかったということです。

 

どう考えても生物学的な親子関係は存在するでしょう
から、あくまでも法律上の父子関係ということになります
が、ここに書かれている限りにおいては、父子関係が
存在しないというのは難しいことのように思えます。

 

ただ、それが1審、2審でいうような「夫婦の実態が
あったから」という理由は、少々疑問を感じます。
離婚した夫婦でも、できる限り子どもとの関わり等の
責任をとることは当たり前であり、罵り合ったりせず
スムーズにそれが行われるのが望ましいところ。
それを「夫婦の実態があった」という言葉で表現する
ことには抵抗がないわけでもありません。

 

 

 

いくつかの違和感

また、妻はなぜ離婚するつもりで別居中の夫の子を
妊娠したいと思ったのかも不思議です。
「長男と両親が同じきょうだい」を生んであげた
かったからなのでしょうか?

 

しかし、最も私が感じる違和感は、今回の問題とは
離れてしまいますが、やはり生命を操作するという
根本的な事柄についてです。

 

今回の裁判で訴えているのは(被害者)は元夫で、
彼が訴えている相手(加害者)は元妻。
裁判で、夫の主張は認められなかったのですから
被害者、加害者という線引きはぼやけました。

 

 

 

 

真の被害者、本当に考えてあげなければいけないのは子ども

しかし、この裁判で本当の被害者は、受精卵に
よって誕生した子どもではないかと私は思います。
自分がこの世に誕生した経過を、生物学上の父が
認めず「法律上の親子関係はない」と1審、2審、
最高裁まで争ったのです。

 

裁判では、夫に無断で受精卵を移植したことが、
嫡出推定の規定が及ばない事情かどうかを争った
ようです。

 

確かに、法的にそれは重要なことに違いありま
せんが、生まれた子どもにとって問題はそれでは
ありません。

 

現在はまだ幼い子どもですが、この事実を知った
時にどのような傷を心に抱え込んでしまうのか
ため息が出る思いです。

 

 

生命を「操作」するということ

体外で受精卵を作り、凍結して保存し移植するという
生命操作を人間がしてしまう傲慢さ。

 

以前、このブログでもお伝えしましたが、自分の精子
を使って患者さんに子どもを数十人も産ませていた
医師がいたりするなど、このような問題は残念ながら
必ず起きてしまうことでしょう。

 

また、体外受精で生まれた子どもが苦しんでいる
現状もお伝えしたことがありました。

 

病院でも裁判でも、子どもを持ちたいという両親、
大人のために物事が進んでいます。

 

肝心の生まれてくる子どものことは一体、誰が
本気で考えてくれるのでしょう?
責任を持っていくれるのでしょうか?